「楓子、小脳炎だって。」
奥さんからの電話で、次女が
「小脳炎」
という、聞いたことがない病気だと言うことを知った。
在宅勤務が終わって家にいた俺は、「小脳炎」について、長女と三女がいる横で、必死に調べていた。
カレーを作りながら。
*****
3月9日、月曜日。
楓子の発熱と吐き気がおさまらず、髄膜炎を疑い、点滴を受ける必要があると、近所の病院に奥さんが連れて行ってくれた。
30分後、奥さんから電話がかかってきた。
「この病院では点滴は受けられないから、大きな病院への紹介状を書いてくれたよ。」
と。
その場で、入院が決まった。
在宅勤務をしていた俺は、仕事が終わってから楓子の様子を見に行った。
まだ動いていたし、弱々しいが、しっかり話ができていた。
3月11日、水曜日。
俺は、在宅勤務。
奥さんから電話がかかってきた。
「良くならないから、急遽、MRI検査を実施することになったよ。」
髄膜炎が酷くなっているのだろうか。
数時間後、また奥さんから電話がかかってきた。
「小脳に炎症が見えるって。楓子、『小脳炎』だって。」
電話越しに、奥さんは泣いていた。
直後に、「ステロイドパルス療法」という点滴から大量のステロイドを投薬する治療法を行うことになった。
この日、楓子は、動くこともままならなくなり、普通の会話ができなくなっていた。
「小脳炎」のキーワードで調べると、恐ろしいことしか出てこなかった。
絶望的なことしか出てこなかった。
大学時代、そして入社してしばらくの研究所時代、ロボットの研究をやっていた俺は、感覚器と脳との運動のフィードバック制御などの論文や、運動障害のfMRI、脳波などの論文を読んでいたので、「小脳」が果たす役割の重要性を、ある程度、理解できていた。
何が楓子の体で起こっているのか理解できていても、受け入れられなかった。
3月13日、金曜日。
在宅勤務で、Web会議をしていると、奥さんから電話がかかってきた。
「MRIの検査で、炎症が広がっているから、大学病院に転院することになった。今すぐに来て欲しい。」
電話越しに、奥さんは泣いていた。
勉強をしている長女と、庭で遊んでいた三女を車に乗せて、病院へ向かった。
病院に到着すると、救急車に乗せられる次女を、長女と三女は一瞬だけ見ることができた。
次女はぐったししていて、長女と三女がいたことに気付けなかった。
長女と三女は、新型コロナウイルスの影響もあり、病室に入れなかった。
週末
面会時間の12時から20時まで、ずっと楓子の隣にいた。
土曜日、どんどん悪化する楓子の容体。
信じられなかった。
日曜日、9時半ころに、病院から電話がかかってきた。
「娘さんの血圧が上がって、頭痛もひどくなってきたので、急遽、CT検査を行うことになった」
と。
病院に到着すると、楓子は、ぐったりしており、語り掛けに対して、目で反応するくらいになっている。
小脳が腫れていて、脳幹へのダメージが出る可能性もあるかもと。
それが、どれだけの重症であるか、理解はできているが、全く受け入れられなかった。
生きた心地がしない。
面会時間の20時が終わり、家に帰ると、ずっと泣いていた。
病院で一人、寂しく辛い想いをしている楓子のことを想うと、居ても立ってもいられなかった。
何がいけなかったんだろう。
自責の念もつのる。
この週は、会社を休ませてもらうことを伝えた。
楓子のこと以外、考えられる状態ではなかった。
そんな中でも、長女も三女も生活しているし、何よりも、ずっと楓子の隣にいる奥さんの日に日に弱っていく様子が心配だった。
3月17日、火曜日。
11時頃に病院から電話があった。
「瞳孔が開いているので、急遽、MRI検査を行いました。」
瞳孔。
人間が生きていくために必要な脊髄での反射の中でも最も分かりやすい反射が出るところだ。
面会時間の12時まで、自分自身も死ぬんではないかというくらい、胸が痛かった。
*****
これ、なんかの小説ではないですか?
フィクションですよね?
自分の目の前で起こっていることが、事実なのか、それとも作り話なのか。
それすら、もう分からない。
電話が怖い。
心配してくる両親からの電話が、病院からの電話じゃないかと、着信がある度に心臓がキュっとなる。
「小脳炎」のキーワードで調べると、何も良い情報が出てこない。
もう調べたくない。
でも、調べないと。
ここ何日も、眠ったところで、すぐに起きてしまって。
起きると、楓子のことが気になって、全く眠れない。
ずっとフワフワしているし、ボーっとしている。
急に眠気が襲ってくる。
それでも、長女と三女は、元気に生活してもらわないと。
長女と三女の生活もある。
こんな状況を冷静に対処する方法、あるのでしょうか。
ググったら、何か見つけられるのでしょうか。
僕に希望はあるのかな。
愛おしい。
悔しい。
辛い。
「普通の生活」
そんな誰にでもあることが、今の楓子には、ない。
「これは、フィクションだよ。」
そんな神様からの言葉を期待して。
これ、夢ですよね?
これ、夢だよね?
誰か、そう言って下さい。
夢じゃないとしたら、どうすれば良いのか、分かりません。
いつ、この夢から醒めるんだろう。
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