5月5日、子どもの日。
楓子が小脳炎で入院したのが、3月9日。
退院できたのが、4月8日。
入院から2か月。
退院から1か月。
5月7日から始まる再開されるはずだった小学校。
退院後に、楓子と目標を立てることにした。
その目標は、学校が始まるまでに、
「楓子が一人で2km走る」
ということ。
退院から1週間後。
楓子は、10mほど小走りできるようになった。
www.all-out-running.com
退院から2週間後。
1km、手をつなぎながら走れるようになった。
www.all-out-running.com
楓子の回復は、ゆっくりだ。
昨日と今日の違いが分からない。
5月5日の今日も、朝起きてきた楓子の足取りはおぼつかない。
階段の上り下りでは、必ず手すりを持つ。
しゃべり方は、以前とは若干違う。
これらの様子は、退院後、大きく変化していないように見える。
「本当に以前のように普通の楓子に戻れるのだろうか」
その不安は、未だに日々感じている。
「楓子、今日、2km走ってみようか」
楓子は、退院以降、2kmを自力で走れたことがない。
最長で、1.5kmまで。
楓子は、うなづいてくれた。
長女の桜子も一緒に走ると。
三女の璃子は、調子が悪そうで、今日は走らなかった。
楓子と桜子と俺と3人。
真夏の暑さを感じさせるアスファルトの上、2km。
お尻の筋肉が痛いとか、横っ腹が痛いとか、色々言いながらも。
楓子、完走。
ペースは、本来の楓子の走力からしたら、だいぶ遅いけど、ちゃんと完走できた。
走り終えて、3人でハイタッチして。
Buffで涙をぬぐった。
「よかったね、楓子」と。
あまりの暑さに汗が止まらず、自宅のウッドデッキでしばらく風にあたりながら、空を見た。
楓子が小脳炎にならなかったら、今の楓子はどうだったんだろうか。
コロナのことがなかったら、今の娘たちはどんな生活をしていたのだろうか。
俺自身は、どう感じていたのだろうか。
それまでと変わらず、何も深く考えずに淡々と生きていたのだろうか。
その空には、遠くで「ゴー」っと音を立てながら飛行機が飛んでいた。
真っ青な空を、飛行機雲で大きくふたつに割りながら、力強くまっすぐ進んでいた。
後ろを振り返らずに、ただひたすらに、まっすぐに。
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