俺は、高校野球部だった。
しかもピッチャーだった。
高校野球部のピッチャーは「モテる」ことが常識だと思うが、
俺は、全くモテなかった。
いや。
そんなことはどうでもいいのだ。
先日、次女の楓子(高校吹奏楽部)が、
「今度、野球部の夏の大会に、吹奏楽部は学校休んで、応援に行くことになったよ。」
と。
聞くと、吹奏楽部として、応援の合奏を担当するのだと言う。
高校野球部だった俺は、興奮し、
俺の血は、一気に体中を駆け巡った。
「吹奏楽部含めた応援団の応援の中、バッティングをする」という、
高校球児だからこそできる貴重な経験を、俺はしたことがなかったからだ。
高校時代に対戦した強豪「堀越高校」の素晴らしい応援の演奏。
大勢の応援団に加えて、ベンチ入りできなかった球児が50名程度。
一方のうちの高校は吹奏楽部なし、応援団なし、野球部全員ベンチ入り。
試合をする前から、負けは決定していた気がする。
あの時感じたうらやましさ。
高校野球をテレビで見るたびに感じる、あのうらやましさ。
さらに楓子に聞くと、
「相手は、〇〇高校だって」
と、野球のことを全く知らない楓子は、さらっと言ったのだが。
「〇〇高校」は、
神奈川県でも夏の大会、春の選抜、ともに甲子園出場の経験がある、古豪だ。
「なにーーーーっ!!!」
そんな強いところとやることになってしまったのかっ!
だとしたら、1回戦で敗退してしまう可能性が高いじゃないか。
楓子の吹奏楽部としての勇士を、この目と心にしかと留めなければ。
ということで、
俺は、その試合の当日。
諸事情により、風邪をひく予定だったこともあり、会社を休むことになったのだ。。。
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球場に到着すると、
なんという素敵な球場なんだ。

夏らしい真っ青な空と、これでもかという濃い白の雲。
綺麗に整備された茶色のグラウンドと、萌えるような緑の外野。
最高気温35度のせいなのか、興奮のせいなのか、
体が熱くなる。
こんな球場で、全力で野球を楽しめるなんて、なんて幸せなことなんだ。
楓子は、応援席の立ち入り禁止ラインのだいぶ向こう側で、
一般席に座っている俺には気付いていなさそうだった。
楓子の高校の応援席は、
応援団、吹奏楽部、チア、応援の保護者と、
古豪の相手チームに引けを取らない大所帯だった。
スタンドだけ見れば、
「もしかしたら勝てるんじゃないか?」
そんな淡い期待も持てたところだった。
試合はと言うと、
なんと、初回に楓子の高校が先制点を上げる。
相手ピッチャーのフォアボールに漬け込み、バントヒットと絡めての2点先制。
うまい。野球を知っているチームの作戦。
そして、ピッチャーがものすごいいい球を放る。
守備も良い。
非常に良いチームだ。

応援団と吹奏楽部の応援も、甲子園級だ。
トランペットでも最上級に難しい、「必殺仕事人」のあの部分も、見事に演奏していた。
「狙い撃ち」
「銀河鉄道999」
などの定番曲も非常に上手だ。
演奏に合わせて、応援団が声を張り上げて歌い、チアが全力で踊る。
応援の保護者たちも同じTシャツを着て、大声と大きな拍手。
そこには、一体となってる大きな呼吸のようなものを感じた。
その横で、会場の揺れを感じながらリアルタイムで高校野球を楽しむ俺。

この中に娘がいると思うと、涙が出てきた。
数年前に小脳炎を患ってしまい生死をさまよった楓子が、
こんなに素敵な経験ができて、本当に良かった。
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2回の裏の攻撃で、ピッチャーがデッドボールを受けてしまい、ケガの手当てで試合が一時中断。
その後も、暑さのため、グランド整備のため、水撒きのため、などの休憩を適宜はさむので、
思った以上に試合の進みが良くない。
風邪をひいて休んだ体裁であるものの、どうしても出席しなければいけない打ち合わせがあったため、
4回に入ったところで、球場を後にするしかなかった。
このとき
「2-1」で勝っていた。
帰りの途中でラーメン屋に立ち寄りラーメンを食べながら、
試合のインターネットライブ配信を見てみると、
「2-4」で逆転されていた。
ところがだ。
俺がチャーシューをむしゃむしゃしたときに、
同点のタイムリー!
ラーメン屋で、
「しゃーーーっ!」
と思わず発声してしまい、店主と周りのお客様に「すいません」する羽目になった。
家に帰ってからも、打ち合わせの時間まで試合をライブ配信で見続けていて。
8回裏の攻撃。
2アウト満塁の場面、
エースピッチャーのところに代打を送り込んだ、監督の采配。
その采配に、代打の球児がしっかり応えて、なんと走者一掃の三塁打。
一気に逆転。
そのまま、9回を守り抜き、
なんと、楓子の高校は、1回戦をみごと勝利した。

「すごい。すごい。あの古豪に勝つなんて。」
かなりの快挙だよ。
一方、
敗退した球児たちも、全力のプレーを見せてくれて。
応援団の子たちも、吹奏楽部の子たちも、チアの子たちも、
悔しいだろうけども、それがきっと、
これからの人生の糧になると信じています。
俺は、そんなことを想いながら、
そして、涙を流しながら、
大事な仕事の打ち合わせに出ていて。
「全力さん、なんか声が変ですね。風邪、大丈夫ですか?」
と心配されたのだった。
こんなムネアツの経験をさせてくれた娘に感謝。