3人娘の親父が走る。いつだって全力中年。

3人娘の親父がランニングを中心に、日々の出来事をそこはかとなく綴ります。

メロスはどのようなルートを走ったのか。 ~走れメロスの走力考察~

先日、宮台真司さんの動画を見ている中で、

「走れメロス、太宰治一ですけどね。

実験心理学的に言うと利己の動機よりも利他の動機の方が実は強いんですね。」

との発言があった。



「他の人のために何かをする」方が、強い動機を生み出すということを言っており。



ひとつの疑問がわいてきた。


「では、メロスは、どれほど過酷な道のりを走ったのか?」



少し調べてみたところ、

ディオニス国王がおり、心の友セリヌンティウスが住む「シラクス(現在の「シラクーザ」)」から出発したことは、

文中にも記載があるのだが、

正確なメロスの村の位置は分かっていないようだったので、

ここからは、走れメロスの文章内の記述から、走ったルートを推察し、

以前、マラソン、トレイルランの大会も完走した経験がある横浜の全力中年が、

メロスの走力を考察してみたいと思う。


※「走れメロス」青空文庫
太宰治 走れメロス

メロスの村は「パラッツォーロ・アクレイデ」

まずは、結論から。

メロスが出発した地は、イタリアのシチリア島の東部に位置する、

「シラクス(現在のシラクーザ)」との記載がある。

きょう未明メロスは村を出発し、野を越え山越え、十里はなれた此このシラクスの市にやって来た。


そして、メロスが住み、妹の結婚式が行われた村は、

シラクーザから西方向に、約40km(約十里)のところに位置する町、

「パラッツォーロ・アクレイデ」

であると、推察される。



そして、走ったルートは、こちらの図の青の点線だと推察される。


メロスのルートと行程の推察

ここからは、なぜメロスの住んでいる村が

「パラッツォーロ・アクレイデ」

であると推察されるのか、文中の記載とともにつまびらかにしていく。

メロスが走った時期と日の出/日の入時刻

走力の考察、文中の記載の時刻を推察するために、

走れメロスの物語の時期と、日の出/日の入の時刻を考察する。

まず、参考になる記述は、2つある。

メロスは、すぐに出発した。初夏、満天の星である。

婿の牧人は驚き、それはいけない、こちらには未だ何の仕度も出来ていない、葡萄の季節まで待ってくれ、と答えた。


まず、初夏(7月前後)ということが分かる。

そして、「ブドウの季節まで待ってくれ」と言っているため、ブドウの収穫時期(7月下旬~)よりも前の時期であることが分かる。

式の準備ができていないため、7月下旬までは待って欲しいというお婿さんの要求なので、

おそらく、準備に1週間から2週間程度かかると考え、

メロスが走った時期は、

「7月初旬から7月中旬」

と推察される。


シチリア島は、経度37度に位置しており、この時期の日の出/日の入の時刻は、

日の出:5時半ころ

日の入:20時過ぎ

南中時刻:12時半ころ

と分かる。


往路(シラクーザ→メロスの村)の行程

メロスが、ディオニス国王の暴君ぷりに怒り、国王と問答を行い、

妹の結婚式のために3日間の猶予をもらい、

必ず戻ってくるとの口約束を行い、

その結果、何も知らない心の友セリヌンティウスを変り身として国王に差し出し、

シラクーザを出発したのは、満天の星空が見えている深夜であることが分かる。

竹馬の友、セリヌンティウスは、深夜、王城に召された。

メロスは、すぐに出発した。初夏、満天の星である。

そこから一睡もせずに約40kmの道のりを急ぎ、村に到着したのは、午前中の太陽が高く昇っている頃だ。

おおよそ南中時刻の前、11時半あたりだろう。

メロスはその夜、一睡もせず十里の路を急ぎに急いで、村へ到着したのは、翌あくる日の午前、陽は既に高く昇って、村人たちは野に出て仕事をはじめていた。


往路の記述では、どのようなルートをたどったのかのヒントになるような文が見つからない。

おおよそ11時間半前後をかけて、10里(約40km)を移動したことのみ判明した。


村でのメロスの行動 かなり過酷

村に到着したメロスの行動を読み解くに、それほどしっかりと休憩できていない。

到着すると、結婚式の準備を行ってから、爆睡。

メロスは、また、よろよろと歩き出し、家へ帰って神々の祭壇を飾り、祝宴の席を調え、間もなく床に倒れ伏し、呼吸もせぬくらいの深い眠りに落ちてしまった。


おそらくこれが15時ころだろう。


そして、その日の夜に目覚めて、次の日に式をしたいとお婿さんを説得しに向かった。

眼が覚めたのは夜だった。メロスは起きてすぐ、花婿の家を訪れた。

メロスは、待つことは出来ぬ、どうか明日にしてくれ給え、と更に押してたのんだ。婿の牧人も頑強であった。


日の入が20時過ぎであり、目覚めてからお婿さんに話をしに行くという行動から、

それほど夜も更けていないと考えられ、

21時ころに起きて、すぐにお婿さんのところに向かったと思われる。


そして、お婿さんの説得は、夜明け頃まで(朝の5時半ころ)、実に8時間近く行われた。

なかなか承諾してくれない。夜明けまで議論をつづけて、やっと、どうにか婿をなだめ、すかして、説き伏せた。


そして、式は昼間に行われる。

結婚式は、真昼に行われた。


そこから宴は夜まで続いている。

この時、豪雨が降っていることも分かる。

祝宴は、夜に入っていよいよ乱れ華やかになり、人々は、外の豪雨を全く気にしなくなった。

そしてメロスは、疲れたため宴席から離れて、爆睡。

夜に入ってからいくらかのやり取りを経て、爆睡に向かうため、おそらくメロスが就寝したのは、22時ころだろう。

メロスは笑って村人たちにも会釈えしゃくして、宴席から立ち去り、羊小屋にもぐり込んで、死んだように深く眠った。


そして翌朝の日の出の頃に起床し、村を出発する。

おそらく、5時半から6時ころ。

眼が覚めたのは翌る日の薄明の頃である。メロスは跳ね起き、南無三、寝過したか、いや、まだまだ大丈夫、これからすぐに出発すれば、約束の刻限までには十分間に合う。

復路(メロスの村→シラクーザ)の行程 ルート推定のヒント達

村で目覚めたメロスは、出発の準備をしてほどなく、村を出発する。

おそらく、6時半過ぎに村を出発している。


この後の文中の記載で、ルートを推定するための情報がいくつかある。

村を出て、野を横切り、森をくぐり抜け、隣村に着いた頃には、雨も止やみ、日は高く昇って、そろそろ暑くなって来た。

「隣村には、お昼頃に到着している(5、6時間程度かかっている)」という情報。

ぶらぶら歩いて二里行き三里行き、そろそろ全里程の半ばに到達した頃、降って湧わいた災難、メロスの足は、はたと、とまった。見よ、前方の川を。

「隣村からぶらぶら8km~12km程度歩いたら、川に到着して、ちょうど半分くらいの距離を進んでいた」という情報。

陽は既に西に傾きかけている。ぜいぜい荒い呼吸をしながら峠をのぼり、のぼり切って、ほっとした時、突然、目の前に一隊の山賊が躍り出た。

「やっとの思いで、豪雨のため荒れ狂う川を泳ぎ渡り切ったあとに、峠を上った」という情報。



これらの情報からルートを推察する。


最も重要な情報は、

「シラクーザまで20kmのところで川を渡らなければならないルートであること」

だ。


この川のヒントとなる記述は、以下。

繋舟は残らず浪に浚さらわれて影なく、渡守りの姿も見えない。流れはいよいよ、ふくれ上り、海のようになっている。

舟で渡るほどの川幅がありそうなこと。



これらの情報を総合すると、

・シラクーザからメロスの村までは、おおよそ40kmであること

・おおよそ半分の距離のところにそこそこの川幅の川が流れていること

・メロスの村の隣村までは、だいだい5~6時間移動する必要があること

・川を渡った後は、「峠」を上るルートであること

これらの情報に加え、「野を超え山を越えて村からシラクーザに到着している」こともあり、

きょう未明メロスは村を出発し、野を越え山越え、十里はなれた此このシラクスの市にやって来た。


「少なくとも、海岸線沿いを移動しているわけではない」ということは言えそうだ。



ここから、地図とにらめっこし、豪雨によりそこそこの川幅の川になりそうなところを推察すると、

この黒の点線の山道のどこかの川を渡ったであろうとしか考えられなかった。


この川は、「ファウニスティコ・イブレオ公園」付近の川であり、


この川の山道を進まなければならないところに、隣村があるとなると、

その隣村は、「カニカッティーニ・バーニ」であると推察され、



その隣村までは、氾濫している川はなく、特筆すべきことがなく進めるルートであるとなると、

メロスの住んでいる村は、「パラッツォーロ・アクレイデ」であると推察されるのだ。


メロスの走ったルート

以上の独断と偏見が入り混じった推察では、こちらが、

メロスの走ったルートとなる。


なお、現在の高低差はこちら。

復路では、高低差678mで、

188m下降

852m上昇


「走れメロス」の舞台は、紀元前のギリシャ時代だと言われているので、道路はそれほど整備されておらず、もっと上昇と下降が大きかったと考えられる。



メロスの走力考察

さて、メロスは、

1日目に往路40kmを移動し、

2日目は休憩しながらも宴の準備をして、お婿さんの8時間の説得をし、宴に参加し、

3日目に復路40kmを移動した。


3日間のメロスの行程

改めて、3日間のメロスの行程をまとめてみよう。


■1日目
0時ころ: シラクスを出発
 11から12時間 宴の料理と花嫁衣裳を持って移動
12時ころ: 村に到着
 結婚式の準備
15時ころ: メロス爆睡
 6時間睡眠
21時ころ: メロス起床
21時過ぎ: 花婿の説得に向かう

■2日目
 約8時間の説得
5時過ぎ: 花婿の説得に成功
12時ころ: 結婚式開始
 豪雨が降り始める
22時ころ: 豪雨の中、メロスは式を抜けて爆睡

■3日目
 7時間半睡眠
5時半ころ: メロス起床、ほどなく村を出発
11時過ぎ: 隣町に到着
 歩きながら進む
14時ころ: 川を泳いで渡る(半分程度来た)
 峠をのぼりきる
15時ころ: 山賊と戦って勝利
 一回あきらめて、まどろむ
19時半ころ:シラクス市内に到着
20時過ぎ: シラクス市内処刑所に到着


往路からみる走力

往路は、約40km、標高差682mの舗装されていない登りのトレイルランニングと言える。

しかも、宴の料理の材料と、妹の花嫁衣裳を持っての移動だ。

これを11時間から12時間で移動しきっているメロス。


メロスの紹介としては、

メロスは、村の牧人である。笛を吹き、羊と遊んで暮して来た。

とあり、普段、激しいトレーニングをしていたとは到底考えられない。


10年くらい前の話だが、俺は、

「美ヶ原トレイルラン」という約40km、累計標高差1000m以上のコースを一応完走したのだが、

その時の記録は、8時間10分だった。

ギリギリDNF(制限時間8時間)という始末。

結構、ちゃんと走る練習はしていたのに、完走率が50%以下の大会で、非常に過酷だった。

それなりの走力を持っていて、

トレイルラン用の装備を身に着け、

ところどころのエイドがあって、

周りにランナーがいる中、

昼間走って、

このタイム。



普段、笛を吹き、羊と戯れていたメロスが、

大きな荷物を持って、

真夜中から走り始め、

完全一人で、

エイドなんかなくて、

11時間程度で40kmを走破した、

ということは、キロ〇〇分、時速〇〇kmという話ではなく、

単純に、すさまじい移動力だと言えるだろう。


復路からみる走力

復路は、川を泳ぐ、山賊と戦う、途中10km前後歩くという失態、などがありながらも、

約14時間でメロスは移動している。


復路は、荷物は持っておらず、ほぼほぼ下りのトレイルランとは言え、舗装されていない40km。


しかもだ。

村に滞在中は、

お婿さんの説得を8時間も行い、

宴に参加していて、おそらくお酒なんかも飲んでしまっているだろうし、

つい1日前に上りのトレイル40kmを移動して、筋肉痛もあるだろうし、

当然エイドはなく、

大雨で道はぬかるんで、走りにくく、

大蛇のように氾濫する川を泳いで渡り、

3人の山賊を相手に、棍棒を奪い戦い勝利し、

最後には、

小川を飛び越え、犬を蹴飛ばし、沈みゆく太陽の10倍の速さで走っているのだ。

酒宴の人たちを仰天させ、犬を蹴けとばし、小川を飛び越え、少しずつ沈んでゆく太陽の、十倍も早く走った。


往路、復路、どちらもだが、メロスは、途中で意識を失い、

なんとか付近を流れる水を飲み、意識を取り戻し走り出していたりする。


こんなの、現代のトライアスロン以上、スパルタンレース以上だろう。


40kmを14時間で移動した。

そんな単純な話ではない。


すさまじい走力。


いや、

メロス、すさまじい精神力。

おまけの考察

メロスは、人一倍邪悪には敏感で、政治は分からぬ人間だと言う。

メロスには政治がわからぬ。メロスは、村の牧人である。笛を吹き、羊と遊んで暮して来た。けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。

なのに、

ディオニス国王の暴君ぷりに怒り、

邪智暴虐の王を除かなければならぬと決意し、

竹馬の友のセリヌンティウスを国王に変り身として差し出した。



そして、国王と問答になり、

3日間の猶予を自ら提案し、国王に承諾されて、

妹の結婚式のために40km先のメロスの村を往復することになる。


ここからは、俺の推察になるが、

もともと邪悪に対しては、意味不明な癇癪(かんしゃく)持ちであるメロスが、

「かーっ!」となって、自分の身分もわきまえず、運よく国王と話せたことで調子に乗り、

何度も来たことがあるこの街であれば、余裕で宴に参加したとて、往復可能だと判断したのだろう。


でないと、竹馬の友、心の友のセリヌンティウスを生贄に差し出すことなんかできない。

「俺なら、余裕だ」

その考えがあったに違いない。


だが、豪雨+国王の差し金の山賊という、メロスが予期せぬ大きな災いが起こり、

一度は諦めるものの、

利他の精神だからこそ、最後の力を振り絞って、目的地に到着できたのだろう。




まずメロス、

なぜ、ディオニス国王の暴君ぶりを見て見ぬふりをして、いったん村に帰らなかったのか。

妹の結婚式を終えてから、改めてシラクスに赴き、ディオニス国王にモノ申せば良かったじゃないか。


そしてメロス、

なぜ、「3日間」と余裕とは言え、まだ結婚式の日時の調整ができていないのに、

ギリギリのラインを攻めているのだ。

交渉術の常とう手段として、「1か月」くらいの猶予をいただくところから国王との交渉をスタートするべきだったじゃないか。



と、まぁ、ほかにもメロスにはツッコみどころ満載ではあるが、

物語として秀逸だからこそ、いまだに多くの人に読まれており、

自己犠牲や友情といった「くさすぎる価値」を、

全力でまっとうしたメロスの姿に心を打たれるのだろう。

そして、そんなくささを、太宰はちゃんと照れずに描いてくれた。

やっぱり、太宰治はすごい作家なんだな、と改めて思った。

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