3人娘の親父が走る。いつだって全力中年。

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映画「PERFECT DAYS」を観て。11の物語のヴィクターとニコと平山と。

ヴィム・ヴェンダース監督の映画、「PERFECT DAYS」を観た。

主演は、役所広司。
www.perfectdays-movie.jp
youtu.be




「PERFECT DAYS」は、2023年の第76回カンヌ国際映画祭にて、

エキュメニカル賞と役所広司が主演男優賞を受賞し、大きな話題を呼んだ作品。



なぜだか良く分からないけど、YouTubeで「PERFECT DAYS」のレビュー動画がレコメンドされて、その動画を観て、なんとなく映画を観てみた。



そしたら、この映画、なんと表現すればいいのか難しいのだけど、本当に素晴らしい映画だった。

ひとつひとつのシーン、画角、色使い、音楽、セリフ、表情に何かの意味や意図が表現されている気がしてしまう。


こちらが、公式サイト上の映画のストーリー概要。

こんなふうに生きていけたなら

東京・渋谷でトイレ清掃員として働く平山(役所広司)は、
静かに淡々とした日々を生きていた。
同じ時間に目覚め、同じように支度をし、同じように働いた。
その毎日は同じことの繰り返しに見えるかもしれないが、
同じ日は1日としてなく、
男は毎日を新しい日として生きていた。
その生き方は美しくすらあった。男は木々を愛していた。
木々がつくる木漏れ日に目を細めた。
そんな男の日々に思いがけない出来事がおきる。
それが男の過去を小さく揺らした。

多くの映画が、特殊な能力を持った人や、特別な役職の人が主人公になり、

人生における特別な瞬間や、巨大悪を倒す的な物語を描いているが、

「PERFECT DAYS」は、

どこの誰でもないトイレ清掃員のおじさんが主人公で、

描かれていることは、特に何の変哲もない日常で、

いや多少の特別な出来事はあるが、大きなインパクトがあるようなことでもなく、、、

と言った感じだ。


だからこそなのか、ひとつひとつのシーンが非常に丁寧に作られている気がして、

少しの変化が、ものすごく巨大な変化に思えてくる不思議。



で、ここから、映画の解説っぽく、自分が猛烈に共感した部分について感想を書こうと思うのだけど、

完全にネタバレになってしまうので、ぜひ、一度「PERFECT DAYS」を観てから、以降の感想を読んでいただければと思う。

自分は、Amazon Prime Videoで視聴した。



~~~~~



「PERFECT DAYS」では、「木漏れ日」がひとつのキーワードになっている。


平山は、押上駅周辺のオンボロアパートで暮らし、

日々規則正しい生活を送っており、

早朝、近所のおばさんがホウキで掃除している音で目覚め、

育てている木々たちの世話をして、

歯を磨き、髭を整え、

トイレ清掃員の作業着を着て、

家の玄関を出ると、大きくため息を吐いて、空を見上げる。

アパートのすぐ横にあるボロい自動販売機で缶コーヒー(カフェオレ)を1本買い、

清掃道具が積まれている青い軽自動車に乗り込み、

カセットテープの音楽を聴きながら職場である都内のトイレに向かう。

平山のトイレ掃除は非常に丁寧で、清掃道具も自身で作ったものを使っている。

昼は神社で、決まったベンチに座り、牛乳とサンドウィッチを食べ、

フィルムを挿入する古いカメラで「木漏れ日」の写真を撮る。白黒写真で。

仕事が終わると、開店同時と同時に銭湯に到着。

上野、浅草界隈の決まった飲み屋で、決まったお酒と決まったつまみを食べ、

家に帰ると布団を敷いて、横になって読書をする。

ウトウトしてきたら、老眼鏡を外して、眠りにつく。




規則正しい日々の中でも、

お金がないと恋愛ができないと愚痴を言う、10段階で言うと2くらいの同僚の清掃員の「タカシ」、

ガールズバーで働く、タカシの彼女の「アヤ」、

トイレのある公園に住んでいる、いつも変なポーズを取っているホームレス、

銭湯で同じ時間にやってくる老人コンビ、

「おかえり!」と声をかけてくれる行きつけの飲み屋の店主、

購入する本について、的確な一言を言ってくる古本屋の女性店主、

平山がちゃんと会話し心を許しているように見えるスナックのおかみ、

など、寡黙な平山が社会との接点を持つ人々とのやり取りが、非常に繊細に描かれており、

平山は、それらの人とのやり取りや木々や天気の変化など、些細なできごとや小さな変化を楽しめる、心豊かな毎日を過ごしている。



なんというか、

資本主義の今のご時世ではトイレ清掃員という誰でもできるが誰もやりたがらない仕事に就いており、

あまり住みたくないようなオンボロアパートに住み、

他人から見たら、底辺と言えるような生活を送っているように見えるのだが、

平山自身は、資本主義社会からは、一線を引いた生活を続け、すごく豊かな日々を過ごしているのだ。



この点が、自分には最高に共感できた点で。


今の世の中、子どもの頃からの教育や社会通念上、

より評価されるような大学に入学しようとし、

より給料がもらえる仕事に就こうとし、

会社の中で出世しようとし、

よりお金を稼ぎ、資産を増やそうとし、

より良い家に住もうとし、

より良い車に乗ろうとし、

多くの便利なモノを買おうとし、

という資本主義万歳!の人生を送ったところで、それだけでは、何も豊かになれない現実があると思っていて。



「PERFECT DAYS」では、その点を、変な押し売りでもない形で、表現されていると感じた。



映画の後半で、「ニコ」という姪っ子が平山の家を訪ねてきて、ニコと平山が数日間一緒に生活するのだが。

ニコは、母親(平山の妹)と喧嘩をしたか何かで家出して平山の家に来て。

映画の前半では、ほとんど言葉を発しなかった平山は、ニコとはすごく自然に会話を繰り広げる。

数日、一緒に過ごした後、母親が運転手付きのレクサスに乗って平山の家にニコを迎えに来て。

妹と平山の会話の中で、

どうやら、平山と平山の父親との間に、昔、何か確執があったことが分かるようなやり取りがあり。

「あなた、このお菓子好きだったでしょ?」と、妹の持ってきた手土産が高級なお菓子っぽいことからも、

実は、平山も昔は、トップクラスの資本主義万歳!の世界で生きていたことが分かる。



妹に「トイレ清掃員を続けているの?」と聞かれて、頷くときの平山の表情はどこか誇らしげで。

それを聞いた妹の表情は、さげすんだ感じがして。

2人の価値観の違いを際立たせる。



ニコと平山とのやり取りの中では、

ニコが、平山の家にあった「11の物語」という短編小説の本の「すっぽん」という話を読んで、

「わたし、この話のヴィクターの気持ち、めっちゃわかる」と言うのだけど。


この「すっぽん」という話を要約するとこんな感じで。

主人公の少年ヴィクター(11歳)は、支配的で冷淡な母親と二人暮らし。
母は子ども向け挿絵の仕事をしており、ヴィクターを幼児扱いして辱めるような振る舞いを繰り返す。
ある日、母は来客用のスープを作るために、生きたすっぽん(亀)を買って帰る。
ヴィクターは一瞬それが自分への“ペット”だと思い喜ぶが、調理用だと知って落胆。
母は彼の制止を無視して、すっぽんを沸騰した鍋へ投げ入れ、解体する。

その残酷な光景(ヴィクターには亀の“悲鳴”が聞こえたと感じられる)が引き金となり、夜、ヴィクターは台所の包丁で母を刺し殺してしまう。
物語は、精神病院で医師の診察を受けるヴィクターの場面で終わる。


自由を奪われながら生活している中で、唯一の喜びだった自分用のペットだと思っていたすっぽんを、来客の料理のために殺されて、

怒り狂い、母親を殺してしまったヴィクターと、


お金持ちの家に生まれたからこその、親からの「こうあるべき」的な生き方の押し付けがあり、

そこに疑問を感じたニコと、


資本主義万歳!の中で生活していくことに疑問を感じて、資本主義の螺旋から抜け出し、自分の大事なモノだけを周りに集め、

豊かさの本質を極めようとした平山と。



良い大学に入るために努力し、良い企業に就職するために努力し、お金を稼ぎ貯めるために大半の人生を注ぎ込んで、

そんな生き方に大いなる疑問をずっと感じている俺と。



~~~~~



映画のラストシーンは、平山がいつものように車を運転してトイレの清掃に向かっているシーンで。

平山の顔がアップになり、

笑い、

泣き、

喜び、

悲しみ、

苦悩、

葛藤、

幸せ、

という様々な表情が数分間続き終わる。


そして、エンドロールの最後には、「木漏れ日」の意味が書かれて、映画が終わる。




一見、規則正しく、大した変化もないように見える「木漏れ日」でも、

天候や木々の成長で、どの瞬間も同じものは存在せず、

光もあれば、影もある、

そんな「木漏れ日」のような人生こそ、「完璧な日々」だと、言いたいのかな、と思った。



「こんどはこんど。いまはいま。」



未来のことは少し忘れ、

今この瞬間を感じて、身の回りにいる大事な人、大事なモノとの今を思いっきり生きていきたい、

そう思った。

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