なんか、ちょっと気付いたような気がして。
もしかしたら、多くの方は、すでに気付いていて、自分だけ気付いていなかったことなのかもしれないけど。
ここ数年自分は、「ランニング」と呼べるようなことはやっていなくて、
「お散歩」と表現することが相応しいと感じているようなことしかしていないんです。
でも、5年くらい前は、「ランニング」と表現してもいいなと思えるようなこともしていたんです。
いや、「お散歩」と言っても、それっぽく走ったりしているんですけども。
で、この「ランニング」と「お散歩」、何が違うんだろうって思って。
自分が気付いたことを書いてみようと思うんですが、そんなに深くもないので、期待しないでください。
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ランニングと呼んでも良いようなことをしていた頃、どんな感じでしていたか。
ランニングに行こうと思う日は、
前もって、
「この日ならちゃんと時間を取れるし、次の日への影響も出ないだろう。」
とか、計画を立てていたりして。
いざランニングに向かおうと思うと、
どうも行くことに躊躇してしまう自分がいた。
ランニングのコースは、
お決まりのコースが複数あったけど、
自分の場合は、その多くが「周回コース」。
理由は、
「余計なことを考えたくなかったから。」
ランニングを始めると、
自分の呼吸、
鼓動、
足の送り方、
足音、
体温の上がり方、
きつさや楽さ、
「もうやめよう」「ちょっとスピードを落とそう」などの自分の気持ち、
など、とにかく「自分の状態」を感じることに集中していた。
ランニングを終えた後は、
やり切った自分に達成感や爽快感があり、
しばらくは無の境地に入るようなこともあった。
と、こんな感じで。
「お散歩」と呼ぶに相応しいことを毎日している現在、どんな感じでしているか。
お散歩に行こうと思う日は、
「毎日」で。
お散歩の後の体力的な影響は特に考えてもいないし。
お散歩に出ることを躊躇することなんてないし、いたって、「いつもの1日」でしかない。
お散歩のコースは、
いくつか決まったコースと言うか、「このあたりに行こう」という場所はある。
が、周回コースをお散歩するなんてことは、全くなくて、
行きたい場所に向かって、色んなルートを取ろうとしていて、
コースを決めることすら、していない。
お散歩を始めると、
周りの景色、
出会う人々、
鳥や動物や虫、
車の流れ、
信号が変わる様子、
道に落ちているガムなんかにも気付いたり、
自分に集中はしていなくて、自分の外側に集中している。
お散歩を終えた後は、
特に達成感はなく。
なんらかの爽快感はあるような気もするが、
ぼーっとソファでくつろいでいた日と同じような感覚で、
そのまんま普通の1日が続いていて、
ここ最近ならば、お味噌汁やスープやだし巻き卵を作ったりする。
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で、気付いた気がするんですけど、
ランニングは、
コースを決めて、周回コースを走ることが多くて、
自分に集中して、
自分の未来のために、自分の能力を高めるためにやっていて。
お散歩は、
コースなんかなくて、
自分の外側に集中して、
自分が今しているこのお散歩自体を楽しむためにやっている。
という、
「ランニング」と「お散歩」のは、
「自分自身への集中」と「自分の外側への集中」
「自分の未来のために」と「今の自分のために」
という違いがあることに、気付いてしまった。
という話です。
まぁ、どうでもいい話なんですが、皆さんはどんな感じで「ランニング」したり「お散歩」しているのか、気になったところです。