この前の土曜日のことなんですが。
良くある最近の土曜日は、
長女桜子:夏休みだから主に自宅
次女楓子:9時から15時まで部活
三女璃子:14時から18時まで部活
という感じだったんですよね。
自分と奥さん以外に、誰かしら娘がいるんですよ、通常は。
ところがですよ、
この前の土曜日は、
桜子の大学の授業が始まって、朝からでかけてしまい、
楓子は、部活がなくて、友達と遊びに行ってしまい、
璃子も部活がなくて、友達と遊びに行ってしまい、
午前中の早い段階から、奥さんと自分の2人きりになったんですよね。
で、お互い、何の予定もなく。
「どうする?」
ってな感じで。
自分は、朝に散歩したりランニングしたりしちゃっているので、
「走ってくるわ」みたいな気持ちにもならず。
弘明寺の商店街まで歩いて行って、食べ歩きとかしよう、
と、なかば無理矢理、予定を作ってみて。。
何度も歩いたことある道を、奥さんと2人で歩き、
何度か行ったことがあるベトナム料理屋さんで、バインミーとフォーを食べ、
いつものスーパーで夕食の食材と、ミスドのドーナッツを買って帰って。
それでもまだ14時くらいで。
スマホいじくったり、ちょっと本を読んだりしても、まだ16時で。
そこから夕食の準備をし始めて、
けっこうな時間をかけて、
エビ団子、野菜たっぷりJAL風コンソメスープ、味付き煮卵を作った。
という。
んで、祝日だった火曜日も、娘たちが誰もいなくなって、
暇な奥さんと自分だけ、家に取り残されることになり、
この日は、無理矢理ドン・キホーテに行き、
「モカブレンド」のコーヒー豆と、めかぶをゲットしたという。
こんな感じで、
「あまりにも無風な1日」
が、立て続けに続いたことにより、
なんだか恐怖を感じたんですよね。
「娘たちが自立して、自分が退職したら、こんな無風な毎日が続くじゃないか。」
と。
町内会の活動をして、
親じ会の活動をして、
ランニングと言うか散歩を日課にし、
夜はちょこ(チワワ)の散歩をし、
たまにバドミントンをし、
読書は習慣化していて、
たまにブログを書く、
という、仕事以外の生活をそれなりに充実させてきている自負はあるのですが、
それでもなお、
「仕事と娘が、自分の生活からなくなったら、無風期間が長すぎる。」
自分の父(75歳)は、
「仕事をやめたら、みんなただのおっさんだからな。」
自分の母の兄(おじさん、75歳)は、
「毎日、ボランティアと畑で忙しいよ。」
たまにお酒を一緒に飲んでいただく前町内会長(80歳くらい)は、
「こうやって、いきつけの飲み屋で、ママと話をするのが俺の生きがい。」
などの、人生の先輩方の言葉に、深さを感じたりした。
「人生は死ぬまで暇つぶし」
なんていう言葉がありますが。
あまりにも暇すぎると、自分が自分ではなくなってしまうような、そんな恐怖を感じ。
娘たちが一緒に生活してくれている今をもっと充実させるとともに、
仕事がなくなったとしても、「風が吹くような」ちゃんと暇つぶしできるような何かを見つけていこうと、
そう思いました。