3人娘の親父が走る。いつだって全力中年。

3人娘の親父がランニングを中心に、日々の出来事をそこはかとなく綴ります。

カタルシスを味わった朝。

俺の体は宙に浮いていた。

これほど長い時間、宙に浮いたのは初めての経験だった。


=====


神奈川県から東京都に通勤する人数は、おおよそ100万人と言われている。

横浜と東京を結ぶ東海道線。

その通勤ラッシュは凄まじいものがある。


朝7時過ぎから8時過ぎの東海道線は、約3分間隔で運行している。


ただし、何かのトラブルで列車の間隔が1分でも遅くなると、その列車の混雑っぷりが驚異的な状態となる。


=====


朝7時半過ぎに、横浜駅で東海道線の到着を待っていた俺は、あまりの人の量に愕然とした。

次の列車の到着が2分ほど遅れているようだ。


ホームに上る階段までもが、ホームに入り切れない人々で埋め尽くされている。


列車が到着するも、列車から降りたい人がホームに降りれないような状態。

もみくちゃになりながら、ホーム上の人々に背中を押されながら、そして靴を踏まれながらも列車に乗り込む。


列車に乗り込むも、「これでもか!」という感じで、未だに列車に乗り込んでくる人の波。


もう乗れないだろ、という状態になってから、

「あいたたたたっ!これホントに乗るの?これ乗れる?」

と大声を出しながら乗り込んでくる、小太りの女性。


「乗るんだよ!乗るしかないんだよ!」

とタックルするような形で乗り込んでくる、小太りの男性。


「いやいや。コノヤロー!乗るなよっ!乗らないでくださいよ。」

って思う俺。



すごい圧迫感で、俺の体は宙に浮いた。

若干斜めになりながら、離陸。


何とかつり革に捕まり、態勢を整えようとする。

つり革と体が少しずつ離れる。

前に立っている男性の頭部に腕があたってしまいそうになり、つり革を離す。


つり革を持っていた腕を下す場所がなく、俺はずっと腕を上げたままになってしまった。


扉が閉まる。

そしてほどなくして、俺も着陸した。



離陸から着陸まで5秒はあっただろう。

俺はその間、完全に宙に浮いていた。




小太りカップルは、

「まじで痛いんだけど。これいつもこんなんなの?」

とかデカい声で話をしている。



3mほど離れたところからは、赤ちゃんの泣き声がする。

泣き終わる気配はない。



俺は、腕を下げられる気配はない。


スマホなんか取り出せる気配もない。



まさにカタストロフィ。



こんなツラい思いをしてまで職場に行かなければならない、サラリーマンという職業。


寿命を縮めているよね。思った。


=====


ふと座席に目をやると、「若干薄めの50歳程度のサラリーマン風のおじさん」がいた。


その「薄めのおじさん」は、スマホにイヤホンを接続し、なにやら動画を見ているようだった。


ときおり、笑いをこらえるような仕草。


笑顔になっていることをごまかそうとしている仕草。


どうやら、相当に面白い動画を見ているようだ。


すると「おじさん」は、笑いを堪えられず、

「ぶーーっ!」

と噴出した。


周辺の乗客が、一斉に「おじさん」に注目した。



そして、顔をあげた「おじさん」と、目が合ったのは、偶然にも俺だった。



「おじさん」と俺は、1秒ほど目を合わせた。



そして、恥ずかしそうに目をそらした。


「おじさん」はその後、うっすら赤色に変色していった。



そして、再度スマホの画面を凝視し始め、ときおり笑いをこらえていた。



その様子がとても微笑ましかった。


死の荒野に咲く一輪の華のごとく、「おじさん」の周りの空気は薄くピンクがかっていた。


地獄の通勤ラッシュの中、相変わらず片腕がずっと上がったままだったが、すべてを忘れて、すべてが解放されたような気持になった。


これが「カタルシス」ってやつか。。。



その後も「おじさん」が笑いを堪える度に、微笑ましくなり、浄化されたような気持になった。


=====


これほどまでに激しい通勤時の混雑は、久々だった。

仕事をする前に、一戦交えてきたかのような疲れっぷり。


関東近郊に住み、毎日のようにラッシュの中、都内に通う就業者は、このような通勤ラッシュの日々に何を思うのだろうか。


通勤ラッシュでイライラしたときは、近くの座席で動画を楽しんでいるおじさんを探すと良いだろう。


死の荒野に咲く一輪の華を感じられ、「カタルシス」を味わうことができるかもしれない。



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