俺の体は宙に浮いていた。
これほど長い時間、宙に浮いたのは初めての経験だった。
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神奈川県から東京都に通勤する人数は、おおよそ100万人と言われている。
横浜と東京を結ぶ東海道線。
その通勤ラッシュは凄まじいものがある。
朝7時過ぎから8時過ぎの東海道線は、約3分間隔で運行している。
ただし、何かのトラブルで列車の間隔が1分でも遅くなると、その列車の混雑っぷりが驚異的な状態となる。
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朝7時半過ぎに、横浜駅で東海道線の到着を待っていた俺は、あまりの人の量に愕然とした。
次の列車の到着が2分ほど遅れているようだ。
ホームに上る階段までもが、ホームに入り切れない人々で埋め尽くされている。
列車が到着するも、列車から降りたい人がホームに降りれないような状態。
もみくちゃになりながら、ホーム上の人々に背中を押されながら、そして靴を踏まれながらも列車に乗り込む。
列車に乗り込むも、「これでもか!」という感じで、未だに列車に乗り込んでくる人の波。
もう乗れないだろ、という状態になってから、
「あいたたたたっ!これホントに乗るの?これ乗れる?」
と大声を出しながら乗り込んでくる、小太りの女性。
「乗るんだよ!乗るしかないんだよ!」
とタックルするような形で乗り込んでくる、小太りの男性。
「いやいや。コノヤロー!乗るなよっ!乗らないでくださいよ。」
って思う俺。
すごい圧迫感で、俺の体は宙に浮いた。
若干斜めになりながら、離陸。
何とかつり革に捕まり、態勢を整えようとする。
つり革と体が少しずつ離れる。
前に立っている男性の頭部に腕があたってしまいそうになり、つり革を離す。
つり革を持っていた腕を下す場所がなく、俺はずっと腕を上げたままになってしまった。
扉が閉まる。
そしてほどなくして、俺も着陸した。
離陸から着陸まで5秒はあっただろう。
俺はその間、完全に宙に浮いていた。
小太りカップルは、
「まじで痛いんだけど。これいつもこんなんなの?」
とかデカい声で話をしている。
3mほど離れたところからは、赤ちゃんの泣き声がする。
泣き終わる気配はない。
俺は、腕を下げられる気配はない。
スマホなんか取り出せる気配もない。
まさにカタストロフィ。
こんなツラい思いをしてまで職場に行かなければならない、サラリーマンという職業。
寿命を縮めているよね。思った。
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ふと座席に目をやると、「若干薄めの50歳程度のサラリーマン風のおじさん」がいた。
その「薄めのおじさん」は、スマホにイヤホンを接続し、なにやら動画を見ているようだった。
ときおり、笑いをこらえるような仕草。
笑顔になっていることをごまかそうとしている仕草。
どうやら、相当に面白い動画を見ているようだ。
すると「おじさん」は、笑いを堪えられず、
「ぶーーっ!」
と噴出した。
周辺の乗客が、一斉に「おじさん」に注目した。
そして、顔をあげた「おじさん」と、目が合ったのは、偶然にも俺だった。
「おじさん」と俺は、1秒ほど目を合わせた。
そして、恥ずかしそうに目をそらした。
「おじさん」はその後、うっすら赤色に変色していった。
そして、再度スマホの画面を凝視し始め、ときおり笑いをこらえていた。
その様子がとても微笑ましかった。
死の荒野に咲く一輪の華のごとく、「おじさん」の周りの空気は薄くピンクがかっていた。
地獄の通勤ラッシュの中、相変わらず片腕がずっと上がったままだったが、すべてを忘れて、すべてが解放されたような気持になった。
これが「カタルシス」ってやつか。。。
その後も「おじさん」が笑いを堪える度に、微笑ましくなり、浄化されたような気持になった。
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これほどまでに激しい通勤時の混雑は、久々だった。
仕事をする前に、一戦交えてきたかのような疲れっぷり。
関東近郊に住み、毎日のようにラッシュの中、都内に通う就業者は、このような通勤ラッシュの日々に何を思うのだろうか。
通勤ラッシュでイライラしたときは、近くの座席で動画を楽しんでいるおじさんを探すと良いだろう。
死の荒野に咲く一輪の華を感じられ、「カタルシス」を味わうことができるかもしれない。
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