長女が、担任の先生から相談を受けたという。
「今度のイングリッシュキャンプの実行委員をやらないか?」
と。
実行委員の立候補者が出なくて、担任の先生が、一番最初に、桜子に声をかけたという。
先生は、桜子のことをどんな人だと思っているかを説明してくれて、だからこそ今回の実行委員に最適だと考えていると、言ってくれたという。
「イングリッシュキャンプの実行委員なんて、面倒くさいから、やりたくない。」
そう思っていたけど、担任の先生に声をかけてもらって、嬉しくなって、戸惑いはあったが、引き受けさせてもらうことにしたという。
誰もやりたがらないことにこそ、実は、とてつもない価値があったりする。
やらない後悔より、やってからする後悔の方が、次に繋がる。
そんなことを、桜子と話をした。
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行きたい大学に入学すること。
入りたい企業に入社すること。
大好きな異性と結婚すること。
美味しいと噂のお店で食事をすること。
楽しいと噂の人と一緒にお酒を飲むこと。
全部一緒かも知れない。
入学して、その中で生活してみないと、その本質は感じられない。
入社もそう。
結婚もそうだ。
「やっぱり良かった」なのか。
「こんなはずじゃなかった」なのか。
どちらに感じるのかは、やってみなければ分からない。
「噂を信じちゃいけないよ」って、山本リンダも言っていた。
自らが、実際に体験し、経験しなければ、分からないんだ。
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人ができない経験をできるチャンスに、
誰かからの期待の後押しがあるのであれば。
それは、据え膳なのかもしれない。
※「据え膳」の使い方、間違ってる?
そんな時は、その期待に応えないという選択肢は、ないんじゃないだろうか。
「誰かが自分に期待してくれていること」
それは、本当にありがたいことだ。
なんとか、その期待に応えたくなってしまう。
桜子が先生の期待に応えたように。
だから、俺も。
いや、もしかしたら、俺はこれまでの人生も、誰かの期待に応えるために生きてきたのかもしれない。
だから、今回も。
誰かが期待して下さっているのであれば。
自分自身を犠牲にすることくらい、なんてことはない。
たぶん、その犠牲以上に、得られる価値は大きいはずだ。
少しずつ、前へ。
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