3人娘の親父が走る。いつだって全力中年。

3人娘の親父がランニングを中心に、日々の出来事をそこはかとなく綴ります。

久々のバスケ。

月曜日。

キャンプに行けずに不平不満を言っている娘たちを、

雨が降る中、

横須賀は汐入まで連れて行った。

めあては、

「tondemi」

という、室内アスレチック施設。
bandainamco-am.co.jp



横須賀に住んでいる頃に良く行っていた汐入ショッパーズが、

リニューアルし、

「コースカ(Coaska)」

なる、かなりの商業施設に生まれ変わり。


室内アスレチック施設ができあがっていた。
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会員登録が必要で、1人当たり3,000円。

3人娘のために、1万円近く放出することになった。



アスレチックを娘たちはそこそこ楽しんでいたが、一番楽しかったのは、

アスレチックの後の

「UFOキャッチャー」だった模様。


そして、UFOキャッチャーの後の「スシロー」が2番目に楽しかった模様。
※家族5人で4,800円。


さらに、家に帰る途中で購入したアイスクリーム。

これが3番目に楽しかった模様。


1人当たり3,000円も放出したアスレチックは、それほどではなかったようだ。



~~~~~~



火曜日。

俺の夏休み最終日。


三女の璃子が、

「バスケットボールをやりたくなった!」

と、言っていた1か月ほど前に、バスケットボールを買った。
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以降、璃子がリビングでドリブルの練習をすると、ちょっとした地震くらい、家じゅうが揺れる。


で、今日であれば、近所の地区センターにバスケをしに行けるかな、って思い。


桜子とバドミントン、璃子とバスケをしに行くことにした。


残念ながら、楓子は塾。


30分、桜子とバドミントンをして。


その後30分、奥さんと璃子が合流して、4人でバスケ。




バスケットボール。



俺とバスケットボールとの出会いは、16歳の頃までさかのぼる。


当時、最高に流行っていた、

「スラムダンク」
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クラスの男子が持ってきたコミックを読んで、

「あきらめたら、そこで試合終了」であることを知る。



「庶民シュー!!」

「左手はそえるだけ…」

「リバウンドを制するものは試合を制す」

「ドリブルこそチビの生きる道なんだよ!」

「いいからテーピングだ!!」

「安西先生…! バスケがしたいです…」

「ダンコたる決意」

「要チェックや!!」


数々の明言は、俺の人生の試金石となっていると言っても、過言ではない。




当時、野球部だったものの。

昼休みは、中庭で3on3のバスケをやりまくっていた。


物理の授業中に抜け出して、中庭でバスケしたりもした。



そして、体育の授業では、バスケ部の顧問でもあった先生に、

「お前、なんでバスケ部に入らないんだ。野球部やめて、バスケ部に入れよ。」

と言われた。



バスケ。


バスケも好きだったが、野球は、それ以上に好きだった。

下手だったけど。


だから、野球を続けた。

バスケは、昼休みの3on3で続けていた。



そんな俺が、何十年ぶりかに、バスケをやった。


璃子は、下からボールを投げて、やっとゴールに届く程度で。

桜子は、庶民シュートが全然できない感じだし。

奥さんは、すべての動きがスローだった。


でも、みんなで楽しい時間。



家に帰って、奥さんと桜子が、こう言っていた。

「パパ、バスケ、上手じゃない?」

「動きが、それっぽかったよ!」

と。



そして、

「バドミントンよりもセンスある感じがしたよ。」

と、桜子。



「パパのスマッシュは、やっぱり野球ぽいんだもん。」

「パパのバドミントン、バドミントンぽくないんだよ。」

と。



おうおうおう!


俺、そこそこバドミントン上手だと思うぞ!!



が、まぁいいだろう。



よし。


璃子と一緒にバスケも楽しんでみようかな。




さてと。
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