自分は、走れなくなると、ブログも書けなくなる。
その2つのこと、
「走ること」
「ブログ」
には、何か、繋がりがあって。
ていうのも、もともと「走ること」を題材にしているブログでもあるって言う理由もあるんだけど。
でも、なんだろう。
走れなくなるとブログを書けなくなる理由は、その根底に、
「精神的な安定」
が関係しているんじゃないかと思う。
精神的な安定が脅かされると、走れなくなる。
精神的な安定が脅かされると、ブログを書けなくなる。
そんな気がしている。
ここ最近は、そこにいびつな関係ができあがっている。
「走れないけど、ブログは書いている」
なんだこれ?
って思っている。
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俺は、もともと走ることがそんなに好きじゃない。
高校のとき、野球部でピッチャーだった俺は、足腰強化のために、ものすごく走っていた。
これが、すごく嫌だった。
ピッチングしたり、バッティングしたりする方が、ずっと楽しかったし、
「何のためにこんなキツい思いして走らなきゃいけないんだ」
って思っていた。
一方、文章を書くことは好きだったのかもしれない。
幼少期の頃。
絵日記を毎日書いていた。
小学生の頃。
誰に頼まれた訳でもないのに、なんか小説っぽいものを書いていた。
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俺にとって「走ること」は、そんなに好きでもないけど、他のみんなよりもちょっと得意なことくらいなもんだったのかもしれない。
俺にとって「書くこと」は、自分が本当に好きだったことなのかもしれない。
精神的に、なんだかマイナスにさせてくれることと、プラスにしてくれることが複雑に絡み合っている、今。
走れないけど、ブログを書く。
そんなことになっているようだ。
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「ブログは、オワコン」
そんなことを言う人もいる。
でも、パッとみて分かりやすい動画や写真や、短い文字での表現で伝えられること以上に、表現し伝えられることが、ブログにはあると思っている。
だから、オワコンだろうが、なんだろうが、俺はブログが好きだ。
ブログという、そこそこ長い文字列だからこそ、表現できて、伝えられることがあって。
自分は、そんなブログと言うメディアを通して、何かを表現していきたいと、強く思う。
「俺が走ったこと」は、ブログで表現したいことの一つではあるけど、すべてではない気がする。
自分には、何か表現したいことがたくさんあって、その一つが「走ること」なのかな。
だから、自分が走らなくなったとしても、ブログは続けたいと思う。
そして、面白いブログが大好きだ。
その文字達から伝わってきた、その書き手の想いを紐解きたくて。
今日も、俺の大好きな人のブログの更新を待っている。
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