突然だが、俺は、恥ずかしながら髪の毛を奥方にカットしてもらっている。
バリカンセットを購入し、自宅の風呂場で奥方にカットしてもらっているのだ。
床屋や美容院、1000円カットなども色々試したが、どうもダメなんだ。
それは、ある種「トラウマ」となっている、俺が中学生の頃に体験した床屋での一幕が起因している。
◾︎初めての床屋
そう。
それは、俺が中学1年生の時、生まれて初めて床屋に一人で行った時の事だった。
俺は、小学校を卒業するまで、母親に髪の毛をカットしてもらっていた。
バリカンセットで、自宅の風呂場で母親がカットしてくれていたのだ。
それが、俺が中学生になると、母親は
「あなたも中学生になったし、いつまでも親に髪の毛切ってもらう訳にいかないでしょ。床屋に行きなさい。」
俺の思春期の訪れは遅く、中学生1年の頃はまだ両親を慕っていた。
そんな俺にとって、「床屋」は未知の世界で、母親から見放されたような感覚を持ち、悲しみを抱いていた。
また、床屋に一人で行くことの不安から、俺の髪の毛はボーボーになっていた。
あまりにボーボーで、生まれつきのクセ毛ゆえの髪の毛のボリュームアップに、友人からは
「髪型がブロッコリー」
とからかわれた。
でも、ブロッコリーと呼ばれる方が、床屋に行って髪の毛をカットするよりも、マシだ。
そう思っていた。
しかし、中学生になり初秋を迎えるころ、俺の髪型は、秋雨前線の影響も手伝い、
サリーちゃんのパパ並み
のくねりを見せ始めた。
「ブロッコリー」を通り越したため、ブロッコリーというあだ名が不適切のレッテルを貼られた。
流石に髪の毛を切る必要がある、元来我慢強い俺もそろそろ我慢の限界だった。
念のため母親にもカットを頼んでみた。いや、懇願してみた。
「そんだけ伸びてたら、バリカンじゃ無理でしょ。」
バッサリ切られた。
髪の毛じゃなくて、俺の依頼を。
そして、俺も観念し、近所の床屋に行くことにした。
赤と青と白のクルクルするやつが回る、近所の床屋。
ずっと遠い存在だった。
床屋の中には、若めのシュッとした店員と、顔が良く似ているおじさん店員がいた。
どうやら家族経営のようだ。
俺は、若めのシュッとした店員にカットされることになった。
機械式の椅子に座らされる俺。
タオルや布を上手にセットするシュッとした店員。
「だいぶ伸ばしたねぇ。この店、初めてだよね?」
「はい。床屋に来ること自体初めてなんです。」
「あぁ、そうなんだ。なんか緊張してるもんね。」
そんな月並みの会話をしながら、シュッとした店員は俺の盛り上がる髪の毛にシュッシュッとスプレーをかける。
サリーちゃんのパパがおさまる。
シャキシャキシャキシャキと、ハサミを上手に素振りし、カットし始める。
どんどん軽くなる髪の毛。
■「もみあげ」との出会い
そして、そろそろ最後の仕上げに入ろうかというタイミングで、シュッとした店員は、
「もみあげ、どうする?」
普通に良くある質問だと思う。
しかし、当時の俺は、その質問の意味をにわかには理解できなかった。
俺の理解では、
もみあげ = 尾崎紀世彦ばりのもみあげの状態
だと思っており、尾崎紀世彦のみ使用できる言葉だと思っていた。
この店員、ちょっと失礼だろ、と思いながら、
「もみあげって... 僕、そんなにすごくないですよ...」
「え?いや、もみあげどうする?」
「ここだよ、もみあげだよ。」
シュッとした店員は、俺の耳の横の髪の毛を触りながら言う。
なるほど。
「びんちょのことですね。」
髪の毛を切らずにいたせいで、俺の「びんちょ」も尾崎紀世彦寸前くらいまでに伸びていたから、「もみあげ」と表現されてもしかたないんだろう。
そう思った。
「え?びんちょ?」
「なに、びんちょって?笑」
当時の俺にとって、
耳の横の髪の毛 = びんちょ
だった。
それが、当たり前だと思っていた。
それが通じず、しかも少し小馬鹿にされた。
緊張の床屋デビュー戦にてだ。
その後、俺は何とも言えない恥ずかしさに顔を赤らめながら、床屋デビュー戦を終えることになる。
■「びんちょ」とは何なのか
恥ずかしさから、床屋を後にした俺は早歩きで自宅へ急ぐ。
耳の横の髪の毛 = もみあげ ≠ びんちょ
なのか?
尾崎紀世彦的 = もみあげ
ではなく、
世の中一般的 = もみあげ
なのか?
もみあげ = 俺にとってのびんちょ
なのか?
俺は生まれてから中学生になるまで、ずっと東京に住んでいた。
友達から、言葉の使い方で指摘を受けたことはなかった。
俺は標準語を使っていると信じていた。
自宅に帰り、父親に確認した。
父親は、耳の横の髪の毛を「びんちょ」と表現していた。
「男なら、びんちょはしっかり整えておけ!」
と意味不明な男論を飛ばして来たりしていた。
ゆえに俺は、
「耳の横の髪の毛 = びんちょ」
だと、全く疑わずに信じ切っていた。
俺の両親は、福井県出身だ。
働き始めてから東京に出てきており、基本的には標準語でしゃべっている。
福井に帰ると、福井弁が出ることもあった。
父親に床屋デビュー戦での一連の出来事を話した。
笑っていた。
どうやら、「びんちょ」は福井県では使われる表現であることが分かった。
標準語では、「もみあげ」と表現されることも分かった。
それからというもの、俺は床屋から足が遠のいた。
「びんちょの子」
と、シュッとした店員に思われているだろうと感じ、恥ずかしくて行きたくなかったのだ。
そして、3か月くらいの周期でブロッコリー化してきて、どうしようもなくなってきたら、床屋に嫌々向かうという感じになった。
俺のあだ名も「ブロッコリー」が定着してきた。
今でも床屋や美容院で
「もみあげどうしますか?」
と聞かれると、「ドキッ」としてしまう。
俺は、「びんちょの子」じゃないからね。
と。
この床屋デビュー戦が、なんとなくトラウマとなり、今でも奥方にカットしてもらうことが多い。
■「もみあげ」の呼び方
気になった俺は、「もみあげ」の呼び方について調べてみた。
もみあげの由来は、武家の人が、ろうそくのロウに松脂を加えて、髪の毛の横の部分の毛を揉み、毛を上げていたことから、揉んで上げる→もみあげとなったようだ。
関西あたりでは、「ちゃり」、「ちゃり毛」と呼ばれるらしい。
由来は、「茶利」から来ているようだ。
【茶利(ちゃり)】
〔動詞「ちゃる(茶)」の連用形から〕
1.滑稽な文句や身振り。滑稽。おどけ。冗談。 「 -ばかり言はで少し真実の処を聞かしてくれ/にごりえ 一葉」
2.人形浄瑠璃で,笑劇的な滑稽な演技・演出。主に男女間の卑猥(ひわい)な文句が多い。
3.文楽人形の首(かしら)名の一。三枚目の首。リチャ。
4.「茶利場(ちやりば)」の略。
※ https://www.weblio.jp/content/ちゃり
もみあげの毛も後ろへ引っ張りピシッと髪型がキマッていると美しく、
逆にもみあげの毛がダラーンとしちているとだらしなく滑稽に見えたことから「ちゃり」と呼ばれるようになったようだ。
また、九州や北陸などでは、「びんちょう」、「びんこ」、「びん」と呼ばれているらしい。
沖縄では、「びんた」とも。
由来は、鬢(びん)から来ている。
鬢は、まさに耳の横の髪の毛、もみあげの部分を指す。
なお、「ビンチョウマグロ」の「ビンチョウ」は、前からみた胸ビレが、もみあげのように見えることから「ビンチョウ」が使われているとのことだ。
皆さんも、地元ではない床屋や美容院に行った際は、気を付けて頂ければと思う。
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